自分の存在意義はあるのだろうか?

「どうせ私なんて価値のない人間だ」そうかもしれない。でも、皆そうなのだ。

私は基本、物事を悲観的・内省的に考える。10代の頃は、何かで名を成す人物になりたいと思っていた。残念ながらそのような人物にはなれなかった。それどころか、人並みの人物になれてもいないように思えてならない。

自分の存在意義は何だろう。価値はあるのか?

自身を持ってYESと答えることができない。いい歳した大人になっても、中高生のような自問自答を繰り返してしまう。

悲しいかな、私の代わりはいくらでもいる。自分でなければ出来ない仕事などない。私でないといけない事柄はほとんどない。少なくとも会社にはない。私の価値はないに等しい。

自分は役に立つ人間なのか?

誰かの役に立っている気がしない。自分がいることで、誰かの仕事をラクにしてあげられているかもしれない。ただ、それは私でなくてもできることだ。私でなければいけないことはない。

やはり私には大した価値がないのだと思う。この程度の人間にしかなれなかった。人物になることを志した10代の私に申し訳なく思う。

ただ、私に限った話ではない。その人でなければいけない仕事など、この世界にはほとんど存在しない。切れ者の部長、剛腕の社長であっても、替えなら幾らでもいる。極論を言えば、総理大臣や大統領であっても代わりはいる。意識の高いビジネスマンや陽キャの素敵なカレだって、代わりのいない人ではない。ゼロイチの創作者や稀有な技能を持つ職人を除き、この世界に替えのいない人などいない。

存在意義がないのは私だけじゃない。だから気に悩む必要はない、と自分に言い聞かす。

ただ、ごく親しい間柄、特に家族においては別の話だ。

後編に続く