最悪の未来 〜優生思想と自己責任

私が精神的に落ち込んでいる時に頭に浮かべてしまう、最悪の未来の話です。息子の居場所を奪われてしまう。この世界線は受け入れ難い。絶対に抵抗する。

ナチスやらい予防法などの優生思想の復活により、長男のようなディスアビリティの生存権が脅かされることを恐ろしく思っている。これは最悪の未来であり、まず起こらないであろう姿だが、絵空事ではないと思っている。相模原の大量殺人事件で、「殺してあげた方が本人のため」という歪んだ動機が語られた。これを狂人の世迷言と思って切り捨てられるのだろうか?ごく少数の意見なのだろうか?出生前診断は、障がい児を“選別“する側面がある。

「生まれてきたら(本人が)苦労する」「支える家族が苦労する」「皆不幸せになってしまう」。

親は出生前診断でこのように考え苦悩するのだろう。私が不安わ感じるのは、相模原の凶行の動機と重なる部分があるように思える点だ。出生前診断でダウン症のリスクが高いと反対された場合、出産を諦めるケースが多いと聞く。この診断の精度が上がれば、障がい児をに対する支援は“自己責任“の名のもと、大幅に削られるかもしれない。決して有り得ない話ではないと思う。

日本人は、他国の人種よりも、自分が関わりを持たない人たちへの関心が乏しいと思っている。障がい児を育てる家族の苦労は、別の世界の話になってしまう。日本の財政がさらに困窮すれば、公助支援が削られる事態は考えられる。

「なぜ私だけこんなに苦しいのか」

「皆は苦労していないのに、なぜ私たちはこれ程苦しい思いをしなければならないのか」

当事者は皆このように考えたことがあるだろう。私は自身の精神疾患と息子の自閉症で、これらの哀しさを味わい、絶望した。

最悪の未来について考えない日はない。もし、自閉症の大量殺人犯が現れ社会を震撼させる事態になったら、この最悪の未来ができてしまうきっかけにならないだろうか。

障がい児が生きることを許さない社会にだけはなってほしくない。今よりも手厚い支援が欲しいなんて贅沢は言わない。社会の一員として居ることを認めて欲しい。ただ居られるだけでいい。

今日は私の精神状態が芳しくないので、いつも以上に悲観的な未来のことを考えてしまった。外れて欲しい未来予想だ。