自閉症 服薬治療の障壁は、親のエゴだと思う
薬に頼るのはいけないことじゃない
私は10代の頃から心身症を罹患しており、薬を服用している。精神に関する薬物治療は、とかく拒絶反応を生みやすい。「一線を越える」ような感覚があるのだろうか。線の向こう側で20年以上生活する私としては、薬物治療に「フツーか否か」の線が引かれている(思い込みかもしれないが)のは、心外だ。
私が薬のサポートを受けていることや妻の理解度により、長男は未就学の頃から薬を処方してもらっている。
(「薬物治療」という言葉に抵抗があるので、以下「服薬治療」と表現させて下さい)
療育を始めた直後から、長男は不安の度合いが高く、常に緊張状態が解けないことによる問題行動が見られたので、すぐに服薬治療を薦められた。主治医の先生からは、「夫婦で話し合って、お決め下さい」という言葉も添えられた。夫婦間で話し合うまでもなく、服薬治療を承諾した。
即決の理由は、服薬すると確実に状況が好転するから、そう考えれば、反対する理由はない。世の親御さんは、服薬治療にかなり拒絶反応があると聞く。おそらく、薬を服用することによって”わが子が一線を越えてしまう”という感覚があるのだろう。「わが子が”向こう側”へ行ってしまう」と思ってしまうのだろう。この場合の”向こう側”は、おそらく”障がいを持つ子”だと思う。長年”向こう側”の住人である私にはよく分からないのだが、妻は主治医の先生に薦められた際、多少の戸惑いは感じたという。おそらく私の方が特異な考え方なのだ。
自閉症だけでなく、育児において最も優先すべき考え方は、
「我が子にとって最も為になることは何か」であり、「子どもの為になることであれば、受けるべき」
だろうと思う。親のプライドや意地を介在させるべきではない。
パニック泣きや強固なこだわりに困っていた長男は、投薬のサポートもあって改善され今日に至る。処方薬は経過によって柔軟に見直しをしている。7~8年薬のサポートを受けている。直近の安定状況を鑑みると、服用を早めに始めてよかったと思っている。
さて、前述の親のプライド、意地(=エゴと呼称する)は、自閉症と向き合う上で何度も登場する。自閉症と付き合っていく上で最も大きな障壁は、実は親のエゴではないかと思っている。
・療育を受ける/受けない
・特別支援級(もしくは特別支援学校)に在籍する/普通級在籍にこだわる
・療育手帳の発行を受ける/受けない
・障害者控除を申請する/しない
そもそもの問題として
・我が子の自閉症を受け入れる/頑として認めない
親が受け入れられないことによって損をするのは明らかに子どもだ。
子どものことを第一に考えて、自分の考え(=エゴ)はぐっと我慢するべきだ。この考え方は間違ってないはずだ。
エゴと呼称したが、親にとって前述のような「する/しない」を受け入れるのはかなりつらいことだと思う。次回はこの点について書こうと思う。