長男は幸運を掴み続けている

自閉症の長男 苦労は多いが全てをいい方向に向かわせる強運の持ち主

今年高学年になった自閉症の長男、彼は稀に見る強運の持ち主だと思う。屋台のおもちゃくじで大当たりを出したり、コンビニの販促くじで何度も当たりを出すといった、細々とした強運エピソードに事欠かないのだが、言いたいのはこのような運の良さではない。

彼は自分の人生を切り開く上で、とても強い運を持っている。大きな転換期で、彼は最善の選択肢を選ぶことに成功し続けている。時系列で紹介する。

まず、3歳児健診で掬い上げられたこと。当時は悲しさや不安ばかりで、「なぜ自閉症の懸念ありとして引っかかってしまったのだろう」と不運を嘆いたが、今考えれば幸運だ。早く「気付けた」ことでどれだけ可能性を広げられたことか。今思えばとても有難い出来事だ。

当時住んでいたのが横浜市の新横浜。近所に有数の療育施設があり、そこへ通園することができた。これは、今思えば相当な幸運だ。かなり高度できめ細やかな療育を3年間受けることができた。たまたま空きがあって通えたことも、療育の順番待ちが一般的な今から考えたら奇跡に近い幸運だ。もし、この間療育を受けられず、幼稚園生活が上手くいかずもやもやした日々を送ったいたら、と考えるとゾッとする。ちなみに、自閉症の“宣告“を受けたのはこの施設。当時は自分たち家族の不運さを呪ったが、今考えれば自閉症という難題を前にした家族としては最高に恵まれていたと思う。

3年間の療育が終わり、小学校へ上がるタイミングで引越しをした。新横浜のマンションから磯子区の戸建てへ引っ越した。集合住宅では物音で周囲に気を遣い、謝る機会も多かった。満足に遊ばせられる場所がなく、学区の小学校は遠かった。長男が年中の冬に戸建てを買い、1年間準備をしてから引越しをした。何度か新居へ遊びに行き、新しい環境に慣れさせる努力をした。金銭的にとても辛く、変化が苦手な長男を伴った引越しは神経をすり減らす過酷な出来事だったが、引っ越して良かったと思っている。家が広くなり周囲に気を使う必要がなくなり、自然豊かで遊び場に恵まれた新居へ越した後、それまで悩まさせていた問題行動は目に見えて減った。

最も幸運だと感じ、巡り合わせに感謝しているのは、小学校でいい先生と出会い、長男の特性を伸ばしてくれる教育環境を手にできたことだ。引越した磯子の小学校の支援級に、支援学校で教鞭わとった経験もあるベテランの先生が居られた。指導はかなり厳しいが、この先生と出会ったことで長男は飛躍的に成長した。低学年の頃は、長男には読み書きそろばんは無理だろうと半分諦めていた。今一番熱心なのは、計算や書き取りで、自分から宿題などの課題を求め、知らない漢字や算術に挑戦している。未就学の頃、鏡文字しか書けなかった長男からは想像できない進歩だ。もし引越していなかったら、ちがう小学校だったら、長男にやる気を与えてくれた先生が異動されていたら、考えるだけでぞっとする。

このように、自閉症という困難を抱えながら、長男は持ち前の強運で人生を切り開いてきた。私は無神論者で神の存在を信じていないが、もし神がいるとしたら彼は神に祝福されているだろう。

最後に、彼が最も強運だと思うことを書きたいと思う。それは、母親に恵まれたことだ。パニックを起こしてもなだめてくれ、感情的に当たり散らすことがなく、いつも自分の味方でいてくれる。素晴らしい母親がいることが、彼の最も強運だと思う事だ。「自閉症児はちゃんと育ててくれる母親を選んで生まれてくる」という話を聞いたことがある。メルヘン染みた話なのだが、あながち外れていないように思う。妻が専業主婦だったことも、自閉症児を育てる上ではプラスに作用した。

局面局面で、我が家は何度もどん底に叩き落とされ、絶望を味わった。しかし、今になって思えば、絶望の中で成長の萌芽を見つけ続けた数年間だった。私自身は極度のマイナス思考なのだが、ウチの家族にはツキがあると思っている。とびきり強いツキだ。たとえコロナで日本が傾いたとしても、我が家なら、この家族と一緒なら大丈夫だ、と思っている。

これからも、家族4人で運命を切り開く。

幸せだと思っていなければ、幸せはやってこない。普通の日常を楽しみ、感謝する。